秋田市内の観光 カオリのおすすめ

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秋田竿燈まつり2008/08開催時

秋田竿燈まつり

仙台の七夕、青森のねぶたと東北三大祭りのひとつです。旧暦の7月7日の七夕の行事として、また、お盆を迎えるための行事です。豊作祈願と除災をお祈りして200年以上前に始まったお祭りです。

大人が持ち上げる竿燈の重量は約50Kgで軽そうに持ち上げますが、相当の熟練が必要です。この竿燈を持ち上げる技の競い合いが見物です。妙技会といって額、肩、腰に上手にのせバランスを保つのは大変です。この妙技を競い毎年優勝者が選ばれます。

毎年8月に行われる、秋田を代表する夏祭りです。スナックKaori(カオリ)のお店から徒歩10分弱で会場の竿燈大通りに出られます。

片側3車線の大きな道路を通行止めにして開催されます。中央分離帯を臨時的に枡席にしますが、ゆっくり見物するのであればおすすめです。秋田竿燈まつり実行委員会公式WEBサイト観覧席案内をご覧ください。

当店の常連さんも大勢参加しているお祭りです。この期間はホテルの予約がなかなかできませんから、十分にお気をつけください。急な出張がある場合はキャンセルが出ないと市内のホテルの宿泊はきびしいと思います。市中心部から少し離れてしまいますが、天然温泉こまち健康ランドは宿泊設備もしっかりしていて、2008/12に客室が増えました。料金も比較的安いのでお勧めです。市内中心部からタクシーで10分程度です。

雄物川花火大会2008/8/10開催

秋田市雄物川花火大会

秋田市政100周年を記念して始まりました。竿燈まつりが終わり、お盆の前に行われます。国道7号線の旧道は混雑しほとんど通行できませんから秋田から由利本荘市へ向かうのは早い時間に限ります。尚、新しくできた7号線バイパスは問題なく通行できますが、花火大会当日はは秋田市内、特に国道7号線は走りづらくなります。

大仙市(旧大曲市)のは花火大会(毎年8月20日頃に行われます)は、全国的に有名ですがこの花火大会はそれほど大きな行事ではありません。花火大会が終了すると同時に混雑は解消されます。

 

秋田のぼんでん祭り写真・文章提供:秋田三吉神社様2008年1月17日開催

秋田ぼんでん祭り

梵天祭は秋田固有の祭事であり、県内各地で特色ある梵天祭が行われております。
中でもこの三吉神社の梵天祭は『けんか梵天 』と呼称されるほどの勇壮さと荒々しさで知られ、奉納される梵天数も随一で賑々しく行われて参りました。お蔭様で現在では秋田の冬の風物詩として定着し、多くの拝観者のもと古来からの町内梵天を始め企業梵天・子供梵天など様々な団体からご奉納を戴いております。
以下梵天祭について簡潔な説明を記します。

① 梵天とは
神様のお降りになられる象徴(しるし)(神事用語で言う―依代(よりしろ)・神籬(ひもろぎ)或いは幣束(へいそく)・御幣(ごへい))であり、祭場の徴章(神聖な場所を意味するもの)である。現在でも神事の前には必ず「お祓い」をするが、梵天は神聖なものゆえに「祓い清める」ためのものという意味も併せ持っている。も とは古図(表紙)に見られるように、御幣或いは小さな稲穂の形をしていたものを太平山頂上奥宮に、峻険を厭わず奉納されていたが、里宮(広面赤沼)が藩主 より神社に寄進(慶長3年)されてからは、太平山に奉納するより容易であり、更には三吉信仰の高まりとあいまって奉納本数が増えた。それに伴って拝観者も 増えて、年を追う毎にまつりは華やかとなり、現在では一般的な梵天は「竹で編んだカゴを、色彩豊かな布・錦で飾り付けたもの」が多くなっている。(その他 にも、古式に則った稲穂で作られたものや、銭をさげたもの、御幣で作られたもの等様々な形態のものが奉納されている。)梵天はほうづき、鉢巻、本体、中心 の棒からなり、御幣・お守りが付けられている。

秋田のぼんでん祭り2② 梵天の語源と意義
民俗学の大家、柳田国男によると語源は「ほで」という古語で、いわゆる「秀でたる」意味を有し、神様が降りられる祭場を標示するため、高く茂った樹木や竿に御幣・幣束をつけて標示したとされる。「ほ で」が「ぼんで」「ぼんでん」と訛っていくことは容易に考えられるが、仏教における「梵天」という字をあてはめたのは、後世における修験者によるものであ ろう。県内各地で「梵 天祭」を行っている神社はすべて、修験道の系統を引いている社であり、もともとからの神社神道(神仏混淆の名残のない神社)では神 輿系の行事を行っており、梵天行事は行っていない事実からも推察できる。
奥宮の鎮座する太平山は薬師の峰として、古代より信仰の山であると同時に、万物の根源とも言うべき水や木といった豊かな恵みを里にもたらす山であり、稲の 出来具合は、山からの水に左右されることが多かった。更に、修験道の「梵天」という神は、天地を創造し、万物を成育する徳・力を持つ神であり、神仏に奉る 御幣・幣束に「梵天」という字を当てはめた修験者の心も、仏教でいう万物生成にあると解することができる。
○ そろた そろたよ 若い衆がそろた
稲の出穂より   よくそろた
○ わたしゃ太平(おいだら) 三吉の子供
人に押し負け   大嫌い
と三吉節(梵天唄)にあるように、若い衆が互いによく競い、増産に精を出し、黄金なす稔り豊かな秋を迎えられるようにと、年の始めに「五穀豊穣」を祈ることがこの祭の本来の姿である。

③ 梵天奉納の歴史
残念ながら県内には梵天に関する古い記録がほとんどない。江 戸時代の紀行家菅江真澄ですら、ただ1ケ所平鹿郡厳島神社の沼入り梵天についてのみ記しているだけである。それは何故か?前述のように「梵天」には神の 宿ったもの、神聖なものという意味と、それゆえに祓い清めるものという2つの意味を持ち合わせている。現在でも神事の始めに必ず「お祓い」をするように、 日常のケに対し、ハレの日、いわゆる祭の日(神を拝礼する日)において、「梵天による祓い」は当然の行為であり、県内各地で行われる当り前のことだったゆ えに、記録を残す必要性が無かったのではないかと推察される。当社の記録にも文化年間(1804~1818)の版木に、御祭神三吉大神が古い梵天の形をし たものを持った図が残っている。

④ 梵天祭の奉納形態(なぜ競うのか)
年の暮れに翌年成人となる若者が発起人となり、伝統に則ったものや各団体思い思いの梵天を、前年 の暮れまでに製作する。完成するとお神酒等を供え、神酒を吹きかけ入魂する。そして元旦から町内・団体の中心となるべき所や入り口に飾り付け、毎日礼拝を し、いよいよ当日になると地元を一巡して神社を目指し徒党を組み、村札を振りかざし、道祓いをしながらやってくる。神社周辺 に近づいてくるに従って、次 第に各団体が集い、大きな渦となり、ほら貝を鳴らし、高らかに梵天 唄を謡い、押し合いながらやって来る。神社境内に入るとこの押し合いは最高潮に達し、 奉納者・参詣者・観客は興奮のるつぼと化す。神社に一旦納められた梵天はお祓いを受けた後、奉納者に受け渡され、奥宮が鎮座する太平山頂上に向けて作られ た仮設櫓に結びつけられ、各自思い思いの願 いや万歳を唱えて帰るのである。よく「なぜ競うのか」と質問されるが、その一つは、「梵天」という神霊の宿った神聖なものに触れることによって、自分の心と体をより強大にしたいという触霊 の願いがあげられる。他の梵天に触れようとする行為が、押し合いや争いにつながるのである。2つ目には、新しい年のお祭の、一番始めに、新しい神の力にあやかりたいという心情が先陣争いにつながることがあげられる。加えて、梵天についている三角のお守り(神霊の力がこもっていると信じられる)を得ようと、観客までもが押し合いに加わるため、押し争いは更に激しいものとなるのである。特に当社の御祭神(三吉の大神)は力の神であり、競い合いが力強い程、神意にかない神力にも触れることが出来ることとなるため、他の神社よりも一段と激しい争いになるのであろう

このぼんでんは実は男性のシンボルでもあるんです。(*^_^*)

土崎港曳山祭り毎年7月20日~21日

土崎港曳山祭り

 土崎港曳山祭りは秋田市土崎港に伝わる由緒あるお祭り(土崎神明社例祭)で毎年7月20日~21日の両日に行われます。400年近い歴史を持ち、平成5年に秋田市、平成6年に秋田県の無形民俗文化財として指定され、平成9年には、「土崎神明社祭の曳山行事」として、国の重要無形民俗文化財に指定されております。

毎年奉納される「曳山(ひきやま)」の台数はその年によって違いますが、おおむね20台前後で町中を秋田三大囃子に数えられる「港ばやし」にのって練り歩く壮大なお祭りです。 その「曳山」の作りは剛(正面)と柔(裏面)からなり、剛(正面)の台の上に男岩、女岩一対の夫婦岩が作られ、夫婦岩の前には戦場場面などを作り、歴史上人物の迫力満点の武者人形を飾り付けられたもので壮観な曳山となっております 一方柔(裏面)は、お囃子方が乗る櫓が設けられ、その上部にはおどけた人形を飾りつけ、その脇に、政治、経済、社会、文化を大胆な切り口で風刺した「見返し」が掲げられております。この「見返し」を楽しみに毎年訪れる人々もおられます。 一部で「カスベ祭り」と呼ばれることもありますが、この曳山祭りになると、各家庭において必ずといっていいほど、魚の「えい」(軟骨魚で体が平たく尾は細長い)の乾物を煮込んだものを一品の料理としてお膳に添え、来客をもてなす風習があることからのようです。

毎年のようにお祭り期間には雨が降ります。これはなぜか本当に不思議な事です。